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シティオブゴッドとスラムドッグミリオネア。 [映画メモ]






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シティ・オブ・ゴッド [DVD]

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Netflix解約前の最後の夜は、スラム街映画の二本立てナイト。


月額650円で契約してるつもりだったけど、気づいたら契約形態を間違えていて!?(それとも何らかの陰謀か?)


月額1450円のプランを契約したことになっていて、、、月々無駄に1450円も払っていた。


月額650円のプランだったら、まあ月に映画を3本も見ればある程度もともとれるし、いいんじゃないかという気もするけど、やっぱりあまり映画を見る習慣がないので、やめておこう。


でもたまに見ると、強い衝撃を受けますね。


先日見たchewing gumというイギリスのテレビドラマにしても、whitegirlにしても然りだったのですが、今回はもっと強い。


まずスラムドッグミリオネア。


もう10年ほど前ですよね。とても評価が高くて私の周囲でも話題になっており、これは見ておこうと思いながら、ついに10年も経ってしまった。


インド映画は見たことないけど、インド映画といえばみんなで踊るんでしょ!?という感じだったのだが、別にインドを感じさせないよくできたエンターテイメント作品だったなあ、、と思ったら、そうか舞台がインドなだけでイギリス製作のイギリス映画で、監督もトレインスポッティングやザ・ビーチと同じ人、イギリス人、ダニー・ボイルとな。


なるほど、、他にどういう映画を撮っているのかを知ると、この監督の傾向が見えてきますね。


映画中の映画!みたいな、スリリングでスペクタクルでエンターテイメント・・・みたいな、いわゆるワクワクドキドキさせる映画をとる人なんですね。


なるほどなあ、インド人が撮ったインド映画じゃないとなると、インドに対する描写が正しいかはわからないので、鵜呑みにするのは危険だけど、原作はインド人外交官なので、その辺のバランスがどう出てるかだな。


それは置いといて、映画としてすごくキラキラしてるのは、まずムンバイのスラムの様子。


フォトジェニックなので、映画撮影されたら本当に圧巻だし、そこで全身をフルに使って躍動する子役たちの輝かしいこと。


考えてみたら、親を亡くして二人きりで生き抜く幼い兄弟みたいなのって、割と私の琴線に触れるかも。


しかし主人公は主人公らしく、悪賢く立ち回るところもあるけど、生き抜くための知恵と勇気という感じでまっすぐな性格なのだが、主人公の兄はさらに悪賢いというか、ちょっと邪悪なところもある。


が、よくいる弟をいじめたりからかって遊ぶ男兄弟の兄的な感じといえなくもない。


兄のそういう横暴さ、邪悪さにいつも振り回されながらも、それでも頼もしいところもあり、寄り添って生きていく二人。


このあたりはリアリティがあるなと思う。


それからマフィアが拾ってきたストリートチルドレンで形成される物乞い集団ね・・これもそんな感じなんだろうなとリアリティがあった。


ゾッとした。


映画は、スラム街出身の教育をほぼ全く受けていない若者がなんでクイズ番組の答えがわかったのか?というのを一問一問、彼の人生経験と照らし合わせていく形で進行する。


ヒンズー教徒によるイスラム教徒の虐殺によって、母親を殺され、スラム街にあった家を焼き払われ、ゴミの山でゴミを漁りながら生活しているところ、マフィアに拾われ、物乞いを強要される生活、、それでも食事と寝床が与えられ孤児院のように安穏に暮らしているかのように見えて、、、不具にすることでさらに稼ぎがよくなるということで、歌がうまい子どもが目を潰される現実を目の当たりにし、そこを逃げ出す。


その後は、観光地で観光客の財布や靴を盗んで売ったり、観光ガイドをしたりして働き、、ハイティーンになって正規に雇ってもらえるような年になると、レストランやコールセンターなどでちゃんと働き出す。


一方、兄の方はギャングに加わる。。。

スラムで孤児として生きる子供達が、辿りうる人生の表と裏。


先進国で安穏と育った人にとってみたら、ひとつ一つがものすごい経験なのだが、それをさらっと流れるように挿入していく手口がいいなと思いました。


さらっと提示されていくことで、より印象深く、色々な思いがこみ上げる。


それには子役たちの魅力もあると思う。


そして最後には、すっかり都会になったムンバイも登場し、、色々な歴史、歪みを抱えながらここまで発展したインド、、、みたいな「これがインドだ!」って感じの作品にもなってるような気がする。


子どもが庇護の対象で、遊んで甘えていればいい、、っていう世界ではなくて、5歳、6歳ですでに働いて戦って考えて生きていかないといけない世界。


なんかカツが入りますね。


さて次、シティオブゴッド。ブラジル、リオデジャネイロのスラム街のギャングの話。


すごいね、これ何?カルト映画?っていう感じの、人を躊躇なく殺しまくる映画。


で、こんなの初めて見た・・というのが「幼い子どもが銃で人を殺しまくる」というところ。


しかも愉快に。遊びのように。


そしてそんな凶悪な子どもを大人も容赦しないで、撃つし殺すし、、。

そして逆に銃を与えられた子どもたちに大人が簡単に殺されることもある。


ようは大人も子どももないのである。

人の命が虫けらのように軽い。


実話を基にしているということだけど、、まあ当たらずも遠からずなんだろうな。


一番強烈なシーンは、子どもギャング集団を追い詰めたギャングが、「三匹捕まえた!」って感じで、10人くらいのうち逃げ遅れた3人を確保。


年齢は、7、8歳の子2人と、12歳くらいの子1人。


で、そのうち二人に、手か足どっちか撃つから、どっちか選べと言うと、二人は手を選ぶんだけど、「そうか、手な」って笑いながら、足に撃ち込む。


さすがに泣き出す二人を前に、さらに残りの一人に、「おいどっちか一人殺せ」と言って、実際に一人を撃ち殺させる。


生き残った一人が、泣きながら、打たれた足を引きずって逃げていく。


すごい描写。


でもなんかさ、ファッショナブルなんだよな、この映画。

映画のテンポや語り口なんかも、凄惨な暴力を扱ってるのに、どこかユーモラスでサクサク進むから見ていて小気味好い。

そして新鮮。


あとブラジルってこういうところなのかもしれないけど、人種がすごく混ざっていて、白人から黒人までがグラデーションのようになっていて、それだけに完全に人種差別的なものがないように感じられる。


アメリカ映画に見られるような白人と黒人の優劣意識みたいなものや、両者の交流を描いた時のわざとらしさみたいなものが全くない。


この映画でも街の支配者は、黒人だったり白人だったりするし、そのギャング団の構成員たちも人種によるどうこうっていうのは全くない。


それはなんか見ていて気持ちよかったな。


まあでもさ、なんで混血が進んだのかといえば、植民地支配していた白人が妻帯して来ずに現地の女性に手をつけたからという話で、、、それもねって感じなんだけど、人種差別がなくなれば混血が進むのはナチュラルなので、そういう人種がナチュラルにミックスしまくったギャング団の立ち姿みたいなものもなんか新鮮だった。


まあブラジルの場合は、差別がないから混血が進んだんじゃなくて、混血が進んだから差別がないという話なんだろうけど。


そしてその人種差別がないというのも、アメリカのようなわかりやすい有色人種差別、白人至上主義がないというだけで、他の人種に対する偏見や差別はあるだろうし、、もしかしたらスラム街と他ではまた違うのかもしれない。


なんて思いました。


ちなみにあとで他の人の映画の感想を読んでいたら、タランティーノとかクドカンとかっぽさがあると書いてあって、確かになと思った。


さらっと小気味好く進むテンポと、どこかユーモアがあってクールなところ。


実は私、結構飛ばしながら見ていて、最初の方とか見てないのよね、よく。

もう一回しっかり細部まで見たいなーと思った。


さてスラム映画まとめ。


なんというか、ルールが全然違う世界だよね。

これも人間社会なんだけど、もっと「野生の人間を見てる」っていう感じ。

生き残るために、知恵と肉体をフルに使って生きる人々の躍動感。


だからなんかこう、スポーツを見てるような感じで、アドレナリンが出るし、清々しさみたいなものを感じるんだよね。

人間も動物だからさ。

良くも悪くも。


弱肉強食がルールとなっている世界で、もっと動物の側面を使って生きている人たち、、なんかそれはそれって感じで、ただマイナスにも捉えられないんだよな。


実際、東南アジアに住んでいて、インドやブラジルのスラム街みたいな世界的に見ても結構ものすごいとされるような世界ではないにしろ、やはり下層社会の人の感覚には「殺しや盗みが日常的」はないにしても「どこかその日暮らし」な感覚はあって、花火のように生きてるのを見ると、野生動物みたいだなと思うことがある。


涼しくて気持ち良い場所を見つけたら丸まって寝て、美味しいものが食べられたらハッピーで、、野生動物とまでは言わないけど、野良犬か、放し飼いの飼い犬かってくらいの自由さを感じさせる人はいっぱいいる。


で、完全室内犬育ち、みたいな文明社会で育った私からして、彼らがどう映るかというと、それはそれでいいなと思うのである。

もちろん文明社会的な目線で見たら、とんでもなく悲惨ということになるんだけど、別に人間も動物じゃんと思うと、動物的に生きることが果たして不幸なのかよくわからなくなることがある。

それは東南アジアにきてからよく思う。

動物的に生きて、幸せに早死にしていくような人を、頭から否定することはできない。


人間も野良犬を飼って飼い犬にして一緒に暮らせるように、そこに相互の愛も愛着も生まれるし、一緒に暮らすこともできる。

野生のライオンをかっこいいと感じるのと一緒で、かっこいい、素敵、とすら感じる時がある。

やっぱり人間は動物だからだろうか、動物的、野生的で強い存在をかっこいいと慕う心があるんだよね。


とはいえ、全く同じ暮らしをできるかといったらそうではない。

犬に人間のルールや暮らしを強要することができないように、犬には犬の幸せがあって、犬は人間ではない。


こういう言い方をすると、人を犬呼ばわりしているみたいでまるで人種差別みたいだけど、そういうことじゃないんだよね。

通じあうものももちろんあるけど、ただルールが全然違う社会で生きている人に、突然例えば日本のルールを強要しようとしたらまず無理だろうと思うという感じ。


ただもちろん彼らは犬ではなくて人間なんだけど、、でも犬がなんとなく人間のルールを理解して、嫌なことはしないよ、だって一緒に居たいから・・・って感じで寄り添ってくれるのと一緒で、共存はできると思うけど、結局人間同士だってそういうレベルの理解になるんじゃないのかな。


男女がお互いの機能的な違いから、時にその心理をそのレベルでしか分かり合えないのと一緒で。


まあもちろん、それでも人間はただの動物ではなくて、文明があって理性がある動物なんだから、私は動物的に生きるよりは、理性的に生きたいとは思うけどさ。


でもバランスなんだよね。

あんまり理性だけに生きようとすると、我慢が祟って病気になったりするみたいだし。


そんなことを考えました。


あとスラムでは、「子どもだから」が通用しない。

それは子どもから教育の機会を奪っているという意味でも酷なことだけど、逆にいえば子どもでもできるんだよね、労働も商売も。

それはつまり、大人である私なんか、もっともっと年齢を理由にしてる場合じゃないなと思った。

まだまだ色々とできる。






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英国コメディドラマシリーズ「chewing gum」にハマる。 [映画メモ]

Netflixでドラマ「チューインガム」を見る。


いやあ、何これ。


久しぶりにドラマシリーズにハマった。


海外ドラマって面白いんだったよね、そういえば。


もちろん日本のドラマも面白いけどさー。


クオリティの高さに唸ったわ。


ユニークだし。


イギリスのドラマっていうのがまた、わたし的には珍しい。


そして黒人女子が主人公っていうのもね。


でも、ブラックによるブラックのための・・・みたいに黒人に閉じてないドラマっていうところがまたいいんだよ。


主人公の黒人女子の親友は黒人白人のハーフだし、ボーイフレンドは白人。


登場人物はバランスよくどっちもたくさん出てくる。


スラム街なのか?低所得層のアパートメントで暮らす人々の群像劇なので、どちらも本当にしょうもない人ばっかりなのだが、いわゆる「白人だから」「黒人だから」みたいなステレオタイプな描き方はされてないように思う。



どちらも等しくしょうもない。


でももちろん、白人による無意識の黒人差別意識あるある、みたいなネタも登場して、主人公がイラっとしてやり返したりはする。


(でもボーイフレンドにはそういう差別意識はなくて、白人みんなが差別的という描かれ方はもちろんしてない。)


そして主人公も、黒人女子だけど、服装がいわゆるステレオタイプな黒人っぽい好みじゃなくて、古着好きっぽいおしゃれな感じだったり、敬虔な家庭で育ったために処女、という設定だったりするのも新鮮。


基本的にはしょーもないんだけど、センスがあるから、つまんない恋愛ドラマよりも全然しょーもなくない。


夢中で1シリーズ全部見てしまった。


そして時々、グッとくるところもあるのよね。


例えば、引きこもり変人の主人公妹がやっとこ外へ出ていった時の話。


クソ男に騙されているであろう男(ゲイ)に対して、


「なぜ彼を愛しているっていったの?」


と問うと、


「僕はここに馴染めてないんだけど、彼は気さくに話しかけてくれて、親しくしてくれるから。彼だけなんだ、そういうの。」


でも、彼は平気で人を傷つける人。

実際に他の男とセックスをしている場面に、彼を連れていき、言う。


「セックスは悪いことじゃない。でも人を傷つけるのが悪いことなの。」


なんかこういうことってあるよね。


友達が少ない人だったり、人見知りの人だったりすると、気さくに話しかけてくれる人というだけで「唯一の友達」みたいに思い込んでしまうことが。


でも気さくな人が、すなわちいい人とは限らないというさ。


それから、なぜかゴミ箱の中で、愛を語り合う主人公カップルとかさ。


なんかいいんだよなー、すっかりファンになったわ。


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映画white girlの感想 [映画メモ]


White Girl - Special Director's Edition

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White Girl - Special Director's Edition [Blu-ray]

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2016年のアメリカ映画、White girlを見る。
なんか、見終わったあとも数日間、余韻が残ってしょうがないので、この気持ちをまとめる。
まず、まとめると一貫して胸糞悪い映画である。
胸糞悪いにも関わらず、ハッとするような甘美な瞬間をも含んでいるため、その甘美さが忘れられない。
青春時代、若気の至りの残酷さに満ちてはいて、その最たるもの。
ただし、通常のそれ以上で、それ以外に「文化摩擦の残酷さ」を含んでいる。
普通は人には語れないような部類の、一生墓場まで持っていくような部類の話であり、、、あまりのことに白昼夢を見ていたかのような話である。
一応あらすじを含めて説明すると、麻薬の売人である有色人種の下層社会を生きる若者が、大学デヴューした中流階級の浮かれた白人女子大生と出会い、その出会いによって起きる一夏の出来事。
女子大生は、道を踏み外した一夏の冒険といった感じでまた新学期が始まればキャンパスライフに戻るので、レイプされたり薬中になったりと、それなりに深刻なダメージを負ったとはいえまだ人生リカバーできる、ただの悪夢の一夏で済むといえば済む。
が、売人の方は彼女と関わったことで、殺人を起こす羽目になり、殺人犯として逮捕されるという、一生リカバーできないダメージをおう。
彼らはそれなりに本気で惹かれあって恋人同士のようになるわけだが、もちろん彼女はまだ人生始まったばかりで、薬の売人と結婚するなんてまだまだ考えてないだろうが、彼にとってみたら結婚を考えるような出会い。
階級差により、その感覚の差が生まれているのがわかる。
大学デビューしたばかりで浮かれているからこそ、好奇心の赴くままくらいの感じで、そんな生きる世界の違う男と付き合ってしまう女の子。
そんな浮かれバカでもなければ、そういう男と中流階級の女子大生が付き合うことはないだろう。
だから男にとってはそれなりに、自分に恩恵をもたらしてくれる上から降ってきたようなラッキーガールだと思い込む。
私の胸にこれがグッと引っかかっているのは、実は私が少し前に実体験したことに通じるからである。
つまり私が東南アジアで色々と信じられないようなことを経験したけれど、結局私は帰る場所がある日本人であり、日本で会社勤めをしている常識的な友達に、私の体験談を語ったところで、白昼夢の話をしているようなことになる。
それに似ている。
甘美で残酷。
もちろん、私の体験には幸運なことに麻薬も殺人も関係ないし、私は彼女のような大学デヴューしたばかりという世間知らずの浮かれた子どもではないから、ここまでひどい話ではないが。
まあ大学デヴューしたばかりの浮かれた子どもだって、ここまでみんなが皆バカではないと思うけど、中にはこれくらいのバカもいるのだろうな。
で、まあこの話のひどいところは、そのバカさで自分が傷つくだけならまだしも、他人を破滅させてしまうところ。
そういうことは起きているんだろうけれども、世界各地で。
しかも自分のバカさ、世間知らずさを知らずに調子に乗ってる様子がまた、それが見ていて胸糞悪い。
まあ結局、そういう女と付き合ってしまった男にも、脇の甘さはあったんだろうけど。
でも甘美なんだよね。
なぜかというと、一瞬ではあるけれど、男にとっては至高の瞬間、、なんて素敵な女性を手に入れたんだ、愛している、、と愛に酔う瞬間があり、そういう愛の証明を女にするので、女としては幸せな気分を味わえてしまうからである。
だけれどもそれはもちろん幻想であり、一瞬ののちに黒く塗りつぶされる。
なんというかさ、、本当に世間知らずの人間のお節介、調子に乗った無知な人間って頭にくるので、自分がここまでではなかったことを感謝しよう!
なんでもものは経験だ、経験したからこそ解る、とかいうけど、いやー、そうじゃないでしょっていう話。
なんでも経験してみるというのではなくて、動く前にしっかり頭を使って考えて明らかにバカなことはしないっていうのも大事よね。
まあ当たり前だけど。



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高野秀行「ワセダ三畳青春記」を読む。 [読書メモ]


ワセダ三畳青春記 (集英社文庫)

ワセダ三畳青春記 (集英社文庫)

  • 作者: 高野 秀行
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2003/10
  • メディア: 文庫
最近、高野秀行氏の著作にはまっているなか、こちらを古本屋で安く購入できたため早速読む。
面白い。
スイスイ読めてしまう。
特筆すべきところは最終章か。
もう長年彼女がいなかった彼が、30過ぎて初恋か、というくらいに、ドスンと恋に落ちる。
しかも相思相愛であり、そのまま恋人になり、夫婦になるという。
自分が恋に落ちてきちんと恋人関係になるまでどういう経緯があったかを詳細に描いているのが、若干気持ち悪くもあるのだが、ただ真っ当な恋愛の実録としてはとても興味深い。
映画や小説だって、「目と目があってなんとなくピンときた」→「声をかけた」→「話したら楽しかった」→「なるようになった」くらいの犬猫の後尾か?というくらいにあっさりしたものが多い。
うまくいくときはそんな感じでトントン拍子にうまくいくもんなんだよって感じなのかな?
でもそれだといまいち物足りないなと常日頃思っている私にはこのしつこいくらいに詳細な描写が割と興味深かった。
とはいえ、せっかくモテない男のバカな話が面白かったのに、最後の章でリア充・・・結局やっぱり最終的には女か、みたいな感じは一抹の寂しさを覚えた。
なんか急に置いていかれた気分だった。
しかし勇気をもらったのは、この恋愛。
女性の方から積極的にせめて行っているのである。
飲みに行こうと行って誘ったのも女性の方。
部屋に飲み直しに誘ったのはさすがに男性の方だろうけど、それにその日のうちに付いて行ってやることをやっている時点でもせめている。
さらに、その後、あなたのことが忘れられなくて、、と電話したのも女性の方。
普通に考えると、女性の方は気があるけど、男の方がそうでもないんじゃないかという感じである。
ところが実際は、男の方もぞっこんなのであるが、要するに奥手なだけだったのである。
というわけでですね。
実はいい男なんだけど、奥手過ぎて自分からガンガンいけない男というものもいて、そういう物件は自分から攻める、積極的な女性しか手に入れられないわけで。
世の中は「女性は追われてナンボ」「追ってこない男はやめておけ」みたいな恋愛セオリーがあるけれど、こういう例もあるんだなーと感心しました。
それにもう一つ、彼女が飲みに誘うまでは、彼は彼女と知人でありながら、全く興味がなかったのであるが、いざデートというシチュエーションにドキドキし、今更恋に落ちるというね、そういうこともあるのだなと。
意識してなかった人を急に意識するというね。
そういうのも、ウブな男性であればこそ、あるのかもしれんね。
「この子、俺のこと好きなのかな?」で急に意識しだしちゃって、気づいたら好きになっちゃってた、みたいな。
というわけで、3畳半の寮暮らしももちろん面白いんだけど、まあ昔のギャグ漫画にありそうなノリでそこまで特筆すべきところはなく、むしろ高野さんの恋愛話が興味深い、という感じの本でした。



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アクト・オブ・キリングとルック・オブ・サイレンス [映画メモ]




ルック・オブ・サイレンス Blu-ray

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2014年公開の「アクト・オブ・キリング」と2016年公開の「ルック・オブ・サイレンス」は対になった映画である。
どちらも舞台はスマトラ島。
アクト・オブ・キリングはメダン。ルック・オブ・サイレンスはアチェのあたりだろうか。
私にとってインドネシアは思い入れの深い土地であり、今もなお多少特別な思いと興味がある。
かといって大好きで住みたいかといえば、そうでもなく、多少の距離を保ちつつも、どこか関わりを持ち続けて行きたい、もっと知りたい国である。
特にスマトラ、メダン。
私がここ数年でとりわけ懇意にしていた友人の一人がスマトラ、メダン出身であり、さらにもう一人はインドネシアんハーフで、その父親がスマトラ出身である。
であるからこそ、ここに出てくる登場人物の顔だち、顔つき、表情は、私のよく見知ったものである。
そっくりの目つき、そっくりの論法、そっくりの矛盾。
私はインドネシア語は片言しか話せないが、愛着を感じているため、インドネシア語を他の国の街で耳にすると「あ」と暖かい気持ちになるくらいである。
そういう思い入れのある、決して遠くない距離感の土地や人々の話であることもあり、余計に心に入ってきた。
とはいえテーマは別にインドネシア固有の問題ではない。
扱っているのはインドネシアの50年前の国内虐殺であるが、監督はインドネシアをとりわけ糾弾したいわけではないだろう。
何もインドネシアだけではない。
この私の今の平和な日常は、繰り返されてきた巨大な暴力と犠牲の歴史の上に築かれているということだ。
そして人は、道徳的規制や法律といったストッパーを外され、むしろその行為が道徳的に正しいと背中を押されれば、サディスティックな欲望を炸裂させる生き物なのだ。
インドネシアで起きたことを取り上げているけれど、この類のことはむしろ普遍的で、世界中で起きてきたというのがよくわかる。
しかしまだ生き証人がいる、真実に手が届く歴史であり、監督が外国人であるからこそ、アンタッチャブルを破って撮ることができる、もしくはたまたま興味の対象であったのか、、とにかくたまたま取り上げる事に成功したのが、インドネシアだったのだろう。
目を背けたくなるような事柄であり、ここに出てくる人々のように、「生き抜くために目を逸らす、忘れる」という選択肢をとるのも、本当に生き抜くためにはそれしか選択肢がなかったのではないかと思う。
この映画から何を学べるか。
私が一番痛感したことは。
いつだって勝者が歴史を書き換えるということ。
プロパガンダの恐ろしさ。
「あいつは悪い奴らだから成敗してやった」
でもその「悪い」はただのでっち上げられた濡れ衣であり、ただの権力闘争であるということはこの世界ではよくあるのだろう。
そのことをよくよく覚えていて、わかりやすいプロパガンダに煽られ踊らさせる民衆になってはいけない。
でももしもならなかったら、その時は踊らされて熱くなっている民衆に、非国民だとかアカだとか言われてリンチされるのかもね。
私の財産も合法的に奪えるし、暴力願望も発散できて、悪者を成敗した偉い俺、強い俺、という承認欲求も満たされて、彼ら的にも都合が良い。
考えてみたら「アカ狩り」という日本語があるのだから、共産主義者を見つけ出して迫害するという行動は日本でだってあったのだろう。
と思って調べてみたら、日本におけるものは「職を追われる」というものであり、虐殺やリンチではなかったようだけど。。
レッドパージ(Red purge)は、第二次世界大戦後の1950年当時、アメリカ軍を中心とした連合国軍占領下の日本においてマッカーサーGHQ総司令官の指令により、共産党員とシンパ(同調者)が公職企業から次々に追放された動き。1万を超える人々がを失ったと言われる。なお、アメリカ本国での共産主義者追放を指す場合には「レッド・パージ」とは言わない。
結局、民衆は大きな流れには逆らえなくて、勢力が強い方につく。
弱い方について、全てを奪われたらたまったもんじゃないから。
でもそれも、どちらにつくかの自由がある場合なんだろうな。
さてしかし、インドネシア固有の問題ではないんだけど、インドネシア人らしいなと思ったところもあった。
まず、辛いことを忘れるために歌って踊るんだ、という点。
ちょっとでも責められてるのかと感じたら、「私は病気なの」とか「痴呆なの」とか「知らない」「聞きたくない」「俺のせいだっていうのか、俺を怒らせるな」「命令だったから俺に決定権はなかった」「今は平和なんだからほじくり返すな」とか、、とにかくありとあらゆる陳腐な手段で逃げようとすること。
もちろん政治的にタブーだからということもあるのだろう。
しかし、それだけではなく、その態度に真摯さみたいなものは一切感じない。
自分のことを「当時はそれしかやりようがなかった」と弁護しつつも、それでもそこにあった自己欺瞞などを見つめてみようという姿勢の人が誰もいないというのが、すごい。
あ、でもこれは「ルック・オブ・サイレンス」の方ね。
「アクト・オブ・キリング」の主役級のおっさんたちは違かった。
最終的には、自分の内部の欺瞞を見つめるようになった。
そこにこの映画の価値があった。
ただ、アクト・オブ・キリングは、エログロナンセンス的なふざけた要素が強すぎて、痛烈なメッセージが伝わりづらくなってしまっている。
その点、二作目である「ルック・オブ・サイレンス」の方は、シリアスなトーンにまとめることにより、より人々に伝わりやすくなっていると思う。
ただ、こっちの方が救いがない。
ただ前作が、アメリカ人人権主義活動家というような、外から来た人間によるある種一方的なあばきであったのに対し、立ち上がったのがインドネシア人の犠牲者の家族であるということに意義がある。
それからこの虐殺事件をよく知る人といえばデヴィ夫人ということで、なんかデヴィ夫人についても少し詳しくなってしまった。
結局、戦後の貧しさの中から美貌を武器にのし上がったというところなんだろうけど、、一度女同士の喧嘩でシャンパングラスかなんかで相手の顔を殴りつけて、服役してるんだね。
ブログでのカイヤとの戦いとかもそうだけど、、、なんか夜の女の戦い方って感じ。
自分の見栄とプライドのためなら、汚い手段を使っても、何としても喧嘩には勝つ、みたいな。
頭も悪くないんだろうし、根性は凄まじいんだろうけど、やっぱり品性はないなと感じた。
あと昔の写真は超絶綺麗!だけど、あれも整形後だろうなと思う。
でも結局世間的には、「でもデヴィ夫人って、昔は超絶美人だよ」が免罪符として通用してしまってたりするようだし、整形という痛みとめんどくささといかがわしさを引き受けても、それでもなお美人であるということは猛烈なパワーになりうるのだなと思った。
どんなにドン引きな部分があっても、「でも美人だよね」「でも可愛いよね」があれば、暗に「美人への嫉妬ややっかみで言ってるんでしょ」に反転されてしまいかねない世の中。
あ、あと「ドキュメンタリー映画が、全て本当とは限らない」ということも肝に銘じないとね。
場面を切り取ってならべかえることで、全く違うストーリーを作れてしまうのもまた真実。
あとは・・・。
仏教的な考え方でも、心理学的な考え方でも、「許すこと」や「怒りや憎しみを手放すこと」が自分の生きやすさ、自分の心の苦しみを取り去ることに繋がると教える。
日にち薬のみが癒してくれること、つまり忘れることによってしか癒されないものもある。
だから「風化させること」が悪いこととも思わない。
寝た子を起こすな、ほじくり返すな、というのも、被害者と加害者が隣り合って共生している共同体にとって、なんとか平和を維持して生活している現場目線で言ったら真実なんだろうなと思う。
だから、ガイジンが過去を無責任にあばき、ほじくり返して安全圏に帰ってくるというのは、むしろ無責任な行動ととも言えるだろう。
だけどやっぱり、虐殺者がその時の功績で現在も裕福な暮らしを続け、虐殺された側の子孫は今も公職(警察や軍隊)につけないといった差別が残っている中、それが是正されるという理想的な方向へと社会が改善させるきっかけにもなり得るはずだ。
その理想が叶うなら、その方がいいに決まってる。
たとえ、時間がかかったとしても、罪は償われ、賠償されるという世の中の方が、「時効まで逃げ切ればいい」という世の中よりも、理にもかなっている。
それに「人間とは何か」みたいなものを痛切に描けているという意味で、「映画」としては相当にすごいし、これを見たことで、世界を見るときの視点に多少新しいものを加えてもらえた気がする。
これを世界中の人が見て、自国や自分の身近な環境で起きている物事に引き寄せて考えることで、人々の行動が少しずつでも変わり、それによって世界がより良い方向に少しでも変わるならこんなに良いことはない。
とはいえまあ、罪と罰を描いたような優れた文学作品は昔からあって、それでもなおこの種のことは世界中で起こりづけているのだから、そんなにうまくはいかないだろうけど。
とはいえ、SNSの力でアラブの春が達成されたと言われているくらいだから、このインターネットの時代、あり得なくもないのかな。
以上は、見終えたばかりの私の感想なので、他の人の意見やら感想ももっと読んでみたいなー。


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