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高野秀行「ミャンマーの柳生一族」に痺れる。 [読書メモ]


ミャンマーの柳生一族 (集英社文庫)

ミャンマーの柳生一族 (集英社文庫)

  • 作者: 高野 秀行
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2006/03/17
  • メディア: 文庫
【カラー版】ミャンマーの柳生一族 (集英社文庫)

【カラー版】ミャンマーの柳生一族 (集英社文庫)

  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2006/03/22
  • メディア: Kindle版
ミャンマーの柳生一族。


高野氏のことは、以前本を読んで以来好きだった。

ツイッターをフォローしたり、ラジオ番組やテレビ番組に登場する回を楽しみにしたり。


とはいえ、著作は数えるほどしか読んだことがなかったんじゃないか。


明日は来る


の本を読んだのはとても記憶に残っているが。。


ムベンベとかあんまり興味ないしなあ、、と思い。


そうか、好きだけど、これは読みたい!っていうテーマの本がなかったのかな?


でもミャンマーの柳生一族は読みたいなと思っていたんだよね、前から。


さてそんななか、今回ミャンマーを訪問する予定があることと、キンドルで海外からも手軽に安く売ってたことから、

ミャンマーの柳生一族を読んでみたのですが。



傑作だった!!


旅行記だからさ、面白くない可能性も高いわけよ。


しかしながら、旅行記以上の価値のある本。


もちろんミャンマー素人の旅行記だったらつまらないんだろうけど、ミャンマー玄人中の玄人の旅行記だからこそ面白いという一面もある。


でもそれだけに留まらない。


まず第一に、ミャンマーの政治的な状況や歴史的な経緯、経済や文化の状況、国の構成など、ミャンマーってどんな国?というのをとてもわかりやすく、ユーモアを交えて解説してくれている本である。


さらに、これは高野さんの感覚が私の感覚と合うからなのか、彼の表現力が優れているからなのか、逐一嫌味がないし、面白い上に、彼がすごく琴線に触れたという経験が、

我が事のように私にも伝わってきて、一緒にドキドキ興奮したり、涙腺が緩んだりできてしまう。


素晴らしい。


私にとっての町田智洋氏の映画評に似ている。


私は彼の映画評が大好きなのだが、彼の映画の評論を聞いていると、映画を見るよりもむしろ感動できてしまったりするのだが、その感覚に似ている。


というわけで、大好きな町山智浩に似ているって、つまりもう、高野氏の大ファンである。


あれ?でも前にも私この人の大ファンだなって思った記憶あるわ。


いつどこで思ったんだろう?


というのも、「何だー奥さんいるのか、いないならアシスタントにしてください!って行って押しかけて行って押しかけ女房になりたいくらいなのに」と思った記憶が蘇ったからだ。


まあそんなわけでね。


この本当の出会いは、すごく素敵な出会いでした。


何か今後の運命を感じさせるくらい、ガツンと来る出会い。


ここ最近で一番、腹の底から大事なものに出会った感覚がありました。


ひょっとしたら私にとってのミャンマーがそういう場所だったりするのだろうか?


でも、その可能性もある。


というのは、高野さんはタイ、チェンマイに何年か住んでいたんだけど、その間も実は出稼ぎに来ているミャンマー人の方がタイ人よりも話が合うし、好きだったというのである。


それに、この本を読むにつけ、ミャンマー人はなかなか素敵な人々である。


識字率が高く、読書家で、なかなかのインテリも多く、ユーモアのセンスがあり、社交的で、親切。


アウン=サン=スーチーさんも美人だけど、タイで合うミャンマー人も美形が多い。


タイよりももっとインドが入っているのが、造形的な美を高めているのよね。


インド人もかなり美形な人多いけど、ちょっと濃すぎる人も多いし、もはや造形的には東洋人といより西洋人であるなか、ミャンマー人は、少し薄いので、すごく完璧に整った東洋人って感じなんだよなー。



しかも日本との関わりが結構強いのね。


10年ほど前まで、まだまだ都市部でも老若男女がズボンやスカートではなくて、腰巻を愛用している率が半端なく高いというのを読んだけど、さすがに近年はどうなのだろうか?

きになる!!


でもバンコクでさえ、タナカを顔に塗って歩いてる人が結構普通にいるくらいだから、腰巻も今でも履いてるかもな。



ちなみに、この本のどこで落涙したかというところで、その例を一つ。

ミャンマーでは大人気だった日本映画あるということで、なにそれ本当に日本映画?

その話、どう考えてもローマの休日だろ?

なんか勘違いしてんじゃないの?という思いの元に

じゃあそのDVDを探してきてくれといって、いざゲストハウスで見てみると。


それが本当に日本映画で、しかも主演が武田鉄矢だったと!!


それだけでもなんだか泣きそうだが、さらには本当に日本では全く有名じゃない映画なんだけど、実際結構よくて、ホロリとしてしまったという話。


高野さんがラストでホロリとしてたら、隣でミャンマー人の青年もホロリとしてたというね。


日本人の琴線に触れるものが、ミャンマー人の琴線にも触れるところが、なんかとてもいいなと思ってしまった。


しかも主人公が武田鉄矢。


ダサくてブサイクで、だけど情にもろくて、熱くて。


そんな男が孤軍奮闘する姿というのがいいね。


私は武田鉄矢といえば、「僕は死にましえん!」というイメージとか、金八先生のイメージしかないんだけど、この映画でもまさにそのイメージ通りのキャラだったみたい。


でも、なんか101回目のプロポーズはちゃんとみたことはないんだけど、その題名からも伺い知れるように、恋愛も頑張ればなんとかなる!みたいな話じゃん?


私はそれがあんまり好きじゃなくて。


というのも、ただ単に心が弱ってる人が根負けして流されただけじゃん?みたいな感じで、なんかしつこさに折れたってイメージでさ、、

外見はアレだけど、後から素晴らしい人間性に気づいて徐々に惚れていったとかならいいけど、そういう感じじゃないんだよね。。


あとはフィクションだから、無理が通りましたっていうイメージが大きかった。


でもこの映画のいいところは、やっぱり恋は実らないところ。

実らないけど、憎からず思ってくれていたことだけは証明され、それは自分だけが知っている、みたいなオチがちょうどよくていいんだよねえ。



ちなみに調べたところ、ヨーロッパ特急という映画らしい。

ローマの休日のオマージュで、1984年の日本映画。





ちなみに高野さんはブログもやってたのか!

そこでご本人がこの映画にまつわる後日談を書いている。


2006年になんと、ミャンマー版リメイクができたんだと。

すごいよね、ローマの休日からの日本版リメイクからのミャンマー版リメイク。


しかも舞台は日本で、お姫様役はミャンマー人で、カメラマン役は日本人青年て。


> 一般的にミャンマー人は日本にあこがれ、その逆はないのだから、

> ふつうなら当然ヒロインは日本人女性で、恋するほうがミャンマー人男性であるべきだろう。

> そうでないと感情移入しにくい。


いやいやさすが高野さん、的を得ている。

私の中の、「うん?」という感覚の理由をすぐさま解き明かしてくれる。


まあそれでもちゃんと人気だというからすごい。


いやあでもなんか嬉しいよね。

ヨーロッパのどこぞの国の王女と恋をする冴えない日本人男の話に感情移入しまくり、今度は日本を舞台にやはり日本人男との恋をするミャンマー女性の話も人気。


彼らにとって、日本は身近な国、そして憧れにもなりうる国なんだなと思う。


あとはミャンマーは最近まで鎖国体制をとっており、さらに各民族の独立自治の姿勢も高かったため、ワ州の人は、日本やアメリカという国の存在も知らず、

ビルマ人すらみたことがなく、ビルマって国が遠くにあるらしいじゃん?

お前知ってる?と言っていたということ。


つまり沖縄人が、倭の国ってお前行ったことある?と、イギリス人に言ってる感じだよね。

いやいやすごい。それがほんの20年くらい前なんだものね。


ちなみにこの本の取材が行われたのは2004年3月。

2005年10月ごろに政変が起きて、当時一番権力を握っていた柳生一族は失脚し、3000人の一族郎党が逮捕され、その後政権が安定せず2大勢力が争うのを

一般市民は様子見・・・という状態のまま1年が過ぎ去ったという「あとがき」のところで終わっている。


それからすでに12年。

私は今のミャンマーが知りたいよ!


しかし高野さんは思えば、早大探検部。


私も子供の頃から探検家に憧れ、実際探検的なことは好きだし、大学の探検部には惹かれるものがあったけど、そっちに言ったら完全にアングラな人になってしまうということ、

またそこまでの勇気と根性がなかったことから、探検部に入部はしなかった。


そういうところがきっと人の人生をわけるんだろうな。


そこで、躊躇なく探検部に入るか、入らないかが。


その頃の私は、今よりももっと普通の人になろうと頑張っていたしなー。

そしてこの期に及んでも、まだ普通の人になろうとしている自分がいるし。


振り切れない自分がいるんだよねー。

もっと振り切っちゃったら、面白い人になれるかもしれないけど、中途はんばな安全圏にいるんだよねー。


そういうところって、ローリスクローリターンなんだよな。

うん。

楽できてるし、いつでも引き返せるし。


とりあえず高野さんからは、学ぶことがいっぱいありそうなので、ミャンマー本を読み漁りたい気持ちも山々だけど、高野さんのブログをまず読みたいわ!



しかし、生活が安定していたり、精神が安定していたりしないと、本を読むという優雅なことに集中なんてとてもできない訳で。

時間はあるのに、本はそんなに読んでないなー、ここ数年の私。


なんだかもったいないね。


書を捨てて街に出よ。


というけどさ。

街にも出て、書も読みたいよね、できれば。

私なんか、街にも出ず、遊ばず、働かず、書も読まず、、、、、焦ったり孤独や悲しみに浸ったりしながら、、結局してることといえばいっぱい寝てた??みたいな時間が多かった気がするなー。。。ダメダメ!!


あ、それから急に話はミャンマーに戻りますが、、ミャンマーが私の興味の矛先になりうる予感がもう一つ。

ロヒンギャについての話がとても私の琴線に触れるし、関心事項なのだ。


だから、、高野さんのロヒンギャ界隈にまつわる話が今すごく知りたい。


ので、それも早く調べたいところだな。

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サラサラさせて生きていく!! [生活雑感]

いつもはノンシリコンのシャンプー&リンスなのだが、久々にシリコン入りのコンディショナーを使った。

そしてドライヤーで乾かしたあと。

髪の毛がサラッサラで、我ながら感動してしまった。

サラサラの髪の手触りってうっとりするほど気持ちいい。

やめられない、止まらないってくらい。

いつまでも触っていたくなる。

セロトニンが湧いて出てくる感じの、生理的な幸福感まで感じられる。

自分の髪の毛なのにwww

 

私は縮毛かつブローも滅多にしないので、自分の髪の毛の手触りがうっとりするほどサラサラであることなんて、滅多にない。

せいぜい美容室帰りか、縮毛矯正をかけた直後の数週間くらいのものなんだけど・・・

この手触りの破壊力にこの度ありがたくも気づいた。

確かにそうだった。

髪の毛がサラサラだと、ボーイフレンドも余計に髪の毛を撫でる。

これは、もふもふした毛感触の子猫や子犬を思わず触りたくなってしまうのと同様の接触欲だと思う。

サラサラともふもふは同じなんだな。

私たち動物はもともとケモノ。獣、毛もの。

健やかな毛の感触に、仲間と一緒にいることの本能的に安心感や安らぎを覚えるのだろう。

もちろん髪の毛がさらさらしているに越したことがないし、縮毛の私は幼い頃からサラサラの髪の毛に憧憬を抱いていたが、アフロだってドレッドだってクリクリヘアだってカッコ良いし、ファッションによる自己表現というものを覚えてから、特別に重要視をしていなかった気がする。

もちろんサラサラヘアの美は認めるけど、それは筋骨隆々のマッチョ男性の筋肉と同じで、それはそれとして・・という感じで自分とは切り離して考えているところがあった。

だけど、自分もこの手触りをもつ髪を所有することが可能であるということを自覚したら、これはそれ相応の対価を払っても維持する価値があるものだと強く思いました。

可能な限り、頑張るところかもと。

なぜこの歳にして、今このタイミングでこんな悟りを開いたのかよくわからないけど。

自分の中で、髪の毛の手触り維持のプライオリティを100位から10位くらいにランクインさせた昨日であった。


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新宿スワンを見る。綾野剛の演技力。 [映画メモ]

Netflixで新宿スワンを見ました。

東南アジアで生きていると、歌舞伎町を思い出すことがよくある。

私は歌舞伎町に詳しい訳では決してないんだけど、新宿の近くに住んでいたこともあって、新宿はしょっちゅううろうろしており、歌舞伎町もそれなりにうろうろしていた。

と言っても、ライブハウスであるリキッドルームとか、映画館とか、韓国料理屋とか、、歌舞伎町の周辺にあるそういう施設を普通に利用していたってだけで、いわゆる歌舞伎町っぽいもの・・・キャバクラとかホストクラブとか風俗とかぼったくりバーとか、そういうものは全く知らず。

ただなんとなくの雰囲気よね。

ギラギラしてて、ヤクザとか絡んでて、、みたいな雰囲気が、なんとなく東南アジアの繁華街に近いような気がしてどうなんだろう?と興味があったので、新宿スワンを見てみました。

女の子をスカウトするスカウトマンのギラギラしたのし上がりの世界を描いており。

とはいえ、この映画は序章って感じで全然完結してないのでなんとも言えず、だった。

途中退屈になることもあった。

ただ一つ言えるのは、綾野剛。

綾野剛ってセクシーでミステリアス、みたいな役をやってるのしか見たことなかったんだけど、今回は、それからは程遠いキャラクター。

直情系おバカキャラみたいな。

でもそれが全然ハマってたんだよねー。

そして結構ブサイク顔芸も満載で。

綾野剛ってブサイクだったんだなって初めて気づいた。

いやもともと顔は特別よくはないよね?とは思っていたけど、今回は本当にブサイク炸裂。

それで結構綾野剛を見直した。

カッコつけてないじゃん!

これくらい捨て身で演技できるんじゃん!

という感じで。

しかも結構自然だったしねー。

セクシー売りだったら飽きられる頃だったと思うから、いい転換をできてよかったね、役の幅が今後広がったね、と上から目線で感じました。 

でもそれくらいしか残らない映画だったかな。

歌舞伎町という世界に関しては、別に新鮮な驚きはなく想像通りって感じ。

そんなもんだろうなー、という。

まあ一つ思うことがあるとすれば、どこの世界も一緒で、たとえ基本的に女を食い物にしてなんぼみたいなスカウトの世界でも、主人公みたいな感じで、ある程度の良心がある人はいるんだろうなということ。

人間だものね。

あとは山田優のクラブのママ役がすごくハマってた。

すっごく綺麗。

すごく綺麗な人に、ああいうしっとりした着物を着せたら、ドレスを着せるより、ずっと美しいんだなあ。

只者ではない、超越した美しさを感じました。

あとはまあ、沢尻エリカのボディ?

太っているとか、すごい巨乳とかではないんだけど、ちょっと肉感的なあの感じ、なかなか魅力的なんだよね。

それが下着姿ばっかりみたいな役柄で生えてました。

でも、映画の最後で、 清楚な格好で歩いてるところが一瞬映る訳で。

露出のない白いシンプルなカットソーに白いコートに黒の細身のパンツ、みたいな出で立ち。

これもやっぱり、安っぽくて露出満載の格好との対比で際立った。

やっぱり上品で気高い格好、、ってなるとやっぱり白、そしてシンプル、、ってことになるのかなー。

Netflixで新宿スワンⅡ見れるようにならないかなー。

見れるようになったら、Ⅱも見てもいいなって感じです。 


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2017年4月現在、最も安いオンライン英会話スクールは? [オンライン英会話]

オンライン英会話教室を、値段で比較してみた。

月謝ではなくて、一応厳正に1レッスン=25分ごとの単価で見てみたところ、1位から5位がこんな結果に!!

【大人の英会話倶楽部】182 円/1 lesson(25分間)  ー 月謝6,000円 (33 lesson)

【DMM英会話】183 円/1 lesson(25分間)  ー 月謝5,500円 (30 lesson)

【産経オンライン英会話】199 円/1 lesson(25分間)  ー 月謝5,980円 (30 lesson)

【ラングリッチ】200 円/1 lesson(25分間)  ー 月謝6,000円 (30 lesson)

【hanaso】209 円/1 lesson(25分間)  ー 月謝6,264円 (30 lesson) 

 全部の結果が見たい方はこちら最安オンライン英会話スクールはどこだ?!からどうぞ。

 


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職業としての小説家 村上春樹 [読書メモ]


職業としての小説家 (Switch library)

職業としての小説家 (Switch library)

  • 作者: 村上春樹
  • 出版社/メーカー: スイッチパブリッシング
  • 発売日: 2015/09/10
  • メディア: ハードカバー
    職業としての小説家 (新潮文庫)

    職業としての小説家 (新潮文庫)

    • 作者: 村上 春樹
    • 出版社/メーカー: 新潮社
    • 発売日: 2016/09/28
    • メディア: 文庫


 
そんなに一生懸命に読む本でもなかろうと、まあ暇な時にでも読もうかー・・・なんて思ってしまいこんでいたようで、思ってもみないところから発見されてびっくり。
 
忘れ去られるところだった。。
というわけで読む。
 
これが結構、真摯な語り口なので、一人の割と成功した人の生き方として、とても参考になる感じだった。
 
だけど、誰かに求められたわけでもなく、村上春樹が自主的に書き溜めていたもの、でもって講演でもないんだけど、あえて講演口調にしてみたっていうところがちょっと気持ち悪いなと思った。
 
こういうのって、言い訳や自慢、自己弁護してしまいがちで気恥ずかしいし、たとえそのつもりがなかったとしても結果的にそう見えてしまうから・・という理由で講演はしなかったということなんだけど、まさにその通り!
 
講演しなくても出版している時点で、結果的にそういう匂いがしちゃうのよねー。
 
もちろんノーベル賞が取れなくてあーだこーだと色々と噂をされたりということもあるだろうし、自分としての小説家としてのスタンスをちゃんと自分の口で表明しておきたいんだという気持ちはよくわかる。
 
だいたい芥川賞を取れなかったということで、随分あーだこーだ言われた過去があるらしく、それに対して「そんなこと全然気にしてないんだってばよー」ということが力強く書かれていて、わかった、わかったから・・って感じだった。
 
まあなので、ここへきてまたノーベル賞・・となると、こうしてこういう本を出しておきたくなる気持ちもわかるけどね。
 
さて、でも結果的に自己弁護のようにも見えてしまうというだけで、内容的には本当に正直で真摯なんじゃないだろうかと思う。
 
とてもへえって思ったのは、やっぱり夢を叶える人というのは、相当にしぶとくてタフだということだ。
 
それなりのことをやっている。
 
あの文体を生み出すのに、英語で書いて日本語に訳すというところから入ったとか、海外マーケットには実は自分から売り込んでいったとか。
 
野心なんてなかった風のことを言いつつ、結構淡々ととことん、やるべきことをやっているのである。
 
さらにこれは前々から知っていたことだけど、特別な英語教育を受けていない普通の高校生が洋書をサラサラ読めるようになるっていうのも、かなりのタフさとしぶとさの証だよね。。
 
というわけで、やっぱりこの人、すごいんだなーと思った。
そういうフィジカルなタフさみたいなもの。
集中力というか、オタク的な熱中力みたいなもの、そしてしかもそれを長い期間持続させられるパワーがある。
 
ー目標を旗印として掲げられたのは、僕にとって善きことでした。
 
印象に残ったのは、さいごの方のこの言葉かな。
何かしら自分にとっても励まされる気になった。
幾つになっても、何かしらのフロンティアに挑もうという気概をもてること、目標を掲げられること、それ自体が素晴らしいことだと。
 
まあそうかもね。
 
あとは「そうだ、小説を書こう」という啓示を受けたという話を読んだのは、これが初めてではないけれど、そういう啓示みたいなものや、ある種の確信、それからまたセレンディピティ的な、不思議な出来事、、そういうものに実際に導かれてきたという話。
 
村上作品の中では、不思議な非現実的なことは起きるけど、実際村上春樹もなんとも説明がつかない不思議なことを人生で何回か経験してきているからだ、とどこかで読んだけど、本当にそうなんだなーと思った。
 
私自身は若い頃に、確信めいた感覚を何度か人生の結構重大な局面で抱いたけど、それが全部外れてきているので、なんかもうどうしていいかわからない、、何を信じていいかわからない、、という人である。
 
ただ最近、ちょっとした漫画を読んで、その確信は実は当たっていたのに、どこかで逃げたんだよ、、みたいな話があって、まあ確かにそういう考え方もあるなと思う。
 
どこか弱いところがあって、チャンスを活かしきれなかったけど、やはりそれは気持ちを強く持てば捕まえられるような惜しいあとちょっとのチャンスだったのは間違いなかったのかもしれないし、方向性的には正しかったのかもしれないな、と。
 
ただ若い頃の私は人一倍自信がなくて臆病で、それでも人一倍自意識過剰で自負心もあったから、7段の跳び箱にチャレンジして失敗して骨折する、みたいなことが怖かった。
 
まあそんな感じで人の人生は変わる。
ここぞというところで決めてきた人たちを私は知っている。
 
ここぞというところで、いつも決めて来れなかった私。
そういう自分の人生の側面を久しぶりに思い出した。
そうだった、私の若い頃の自分といえば、そういう人だった。
 
あれから歳をとって、特にそんな風に自分を捉えなくなっていたし、、まあそんな過去にとらわれなくなったことはとてもいいことなんだろうけど。
 
私にもそんな風に、自分の人生を捉えるような「確信」という揺るがない「これだ」っていう感覚が訪れたこともあったんだっけね。
今は確信に正直なのかな?
 
やっぱり確信と、左脳的な打算が戦ってるな。
でもそこで確信に流れない、、それに納得しない、やっぱり違うという決断をしてきたのが私という人間。
 
と、話はそれましたが。。。
 
不思議体験、、論理では説明がつかない経験を何回かしているからこそ、村上春樹的には、あんな時に理不尽なファンタジー設定を物語に組み込んでも、でも世界ってそういうものでしょって感じで納得いく感じを作りあげられるのかもねー。
 
私は本当に、論理で説明できないような不思議体験なんてしたことないからなー・・・。
しいていえば、一年前に亡くなった叔父が突然夢に鮮明に現れたことくらい。
 
普段親戚の夢なんか全然見ないし、叔父のことも全然その頃に考えていたわけではないのに。
 
 
あとは「批判が納得いかなくても、とにかく批判された箇所は書き直す」というのは参考になるなと思った。
 
「その批判が的外れに思えたにしろ、何かしらスムーズにいってない、うまくない箇所だからこそ受ける批判であるのであって、批判を真に受けてその通りに直す必要はないが、書き直した方が結果的によくなる。」
 
ということらしい。
これは小説だけじゃなくても、仕事でもプライベートでも何にでも言えるんじゃないかしら。
 
相手あってのもの、大衆というか受け手あってのものの場合、やっぱり客観的な感覚というのを無視するわけにはいかないので、そこは大切にしないと、結局自分の存在意義すらなくなるというね。
 
村上春樹は、猫的人間だといい、やりたいことはとことんやるけど、興味が向かないことは身を入れてできないというけど、そのやりたいことを突き詰めるにあたっては、結構合理的、論理的に道を開いていっており、受け入れられるための努力を惜しまないところ、ちゃんと受け手に合わせようとしているところがあるのが、さすが大衆作家たる所以なんだろうな。 
 
さすがです。
 
でも、村上春樹のいうように、これはあくまで彼が獲得したやり方であり、文体である。
 
人間は皆それぞれ、自分にあった文体、やり方を自分で模索して獲得しなくてはならないのよね。
人生しかりだね。
 
 
  


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